自転車を漕いでいる間 私は考えた

この世界に兵助が居るという、非日常
そして その非日常は私の特別な力が創り出したもの



あのまま 別れるつもりだった

しかし 飛ぶ瞬間に兵助が私に触れてしまった


非日常的状況を理解するのに そこまで時間は掛からなかった
私は 現代に兵助が居る事に嬉しさすら感じたのだ

「でも 間違っている」


二人で 覚悟を決めて現代に飛んだ訳ではない
兵助が現代で羽を伸ばしているのも 戦と無縁の世界故に気が楽なのであろう
そして いつかは己の時代に戻る、と心の底で思っているからこそ 羽を伸ばせるのだ

「私が、帰さなきゃいけないんだ」

もっと兵助の事を知りたかった
もっと一緒に色んな話をしたかった

…そんな事を考えてしまったら キリが無い






郵便局から家へと戻ると 兵助は呑気にスイカを頬張っていた
私が思案を巡らしていた間 この男は……なんとも、平和な光景である


「こうして私達は平和ボケしていくのよ」

ささやかな厭味である

「あぁ…こうしてスイカを食べていると 確かに乱世の血腥さを忘れかけるな」
「…私が言える立場じゃないかもしれないけれど、元の世界から逃げちゃ駄目だよ」


兵助が意図的に逃げている、とは思っていない
だが 私は「逃げ」という単語を使った


「戦も無いし居心地はいいけど やっぱり此処に兵助が居るのはおかしい
 連れて来てしまったのは私のミス、だから責任を持って私が貴方を帰す」

「…急に真面目になっちゃって どうしたの」
「私の夏休みもそろそろ終わる、だから もう…」


色々な感情が 言葉とともに溢れ出てくる
気付いた時には 涙が頬を伝っていた


「元の時代に 帰ろう、兵助」


そうしなければいけないのだ、これは私の彼に対する最後の義務だ





「…時間移動の為の力、とやらは まだあるのか?」
「まだ 一応…兵助の時代に飛ぶ位の余裕ならあると思う」

ひとつ 不安な事は正直ある
兵助を帰した後 私が現代に戻るだけの余力があるのか否か
とはいえ それは私個人の問題であって 兵助には関係の無い事
兵助を帰す事に迷いは無い



ふと スイカの皮が視界に入った

此処に 兵助が座って スイカを食べていた
何の変哲もない光景だが 私にとってそれは特別な光景


「・・・そうだ、兵助!」

私は慌ててポケットから携帯電話を取り出す

「写真撮ろう、写真」
「しゃしん?」
「百聞は一見に如かず!って事で撮るわよ」
「そ、その四角い物で何をするんだ?手品か?」
「此処のカメラ…黒くて丸い所を見ててね」

状況を把握しきれていない様子の兵助をよそに 私は携帯のカメラモードを起動させる

「…兵助、笑って」
「笑う? はっはっはっは…こうか?」
「あぁごめん、笑顔で此処を見つめてっていう意味」



画面には 苦笑している兵助と 目が赤くなっている私が写っていた

「ほら、こうやって撮った写真は ずっと保存しておけるの」
「おぉぉ…!」
「いつでも 傍に居るみたい」






16 good-bye,








兵助が いつもの忍装束に着替えた
露骨に綺麗にすると疑われるので 忍装束には汚れが残っている
いよいよ過去へ…兵助の“今”へ 戻るのだ

私は大きく息を吸った  ちらりと家の方を覗くと 祖父は相変わらず爆睡中である


「絶対に手を離さないでね、飛ぶわよ」

がっちりと 私達は手を繋いだ
こんな時だというのに 繋いだ手の温もりに心臓の鼓動が少し早くなる私が情けない



兵助を巻き込んで現代に戻って来た時 私達はこの庭に降り立った
つまり 此処から飛べば 元の場所へと戻れるわけだ

“帰り”にタイムラグが生じるが “行き”に関してはおおよそ狙い通りに行ける
あの戦の日の夜、トリップしたその瞬間の時間に戻れば 兵助に何も問題は生じない

実際、あちらの今頃では 兵助は行方不明者として扱われているのであろう
私一人で飛べば 現在の様子が分かるであろうが そんな余力など 既に無い

兵助があの日に戻れば “あちらの今頃”はパラレルの世界として闇に消える
兵助が数日間居なかったという事実は無くなるのだ
…本当に消えるのかどうなるのかなんて 正直私にも分からないのだが

とにかく 兵助が自然と学園に戻れる為に 私は正確に彼を帰さなければならない
それが 私が彼に出来る最後のこと



、おじいさんに宜しく伝えておいてくれ」
「わかった」


無事 この場所に私が戻ってこれるのかは わからない
しかし 兵助にこれ以上ネガティブ的な事を言っても仕方の無い事だ

私は 命を賭けているのかもしれない
正確には 私の生活、全てを賭けて


「兵助に賭けるのなら、悔いは無いかな」

「・・・・?」
「こんなに好きになるなんて 思わなかった」



視界が ぐにゃりと歪んだ

・・・さようなら 私の世界







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(10.5.21)